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「松本智津夫死刑」 どのように執行されたのか



20年近く前にオウム裁判を傍聴した際、松本智津夫を間近で見たことがある。

その当時すでに精神に変調を来しており、心ここにあらずという感じだった。
歩くときも係官に脇を抱えられ、自分では動く意思さえないように見えた。

そんな彼が、どうやって刑場まで辿り着いたのだろうか。
刑務官に引きずられて、無理やり死刑台に立たされる様子しか想像できない。
法で禁じられた、心神喪失者への死刑執行ではなかったのか。

執行の態様を、メディアはこれからきちんと追及すべきだろう。

三女・アーチャリー「“秘”講演会」で明かされた麻原彰晃の「拘禁生活」

 逮捕された父親と事件後、東京拘置所で初めて面会したのは04年9月のことだったが、逮捕から9年の時を経て、麻原死刑囚の精神は崩壊していた。麻原死刑囚は呼びかけにまったく反応がなく、突然、自慰行為を始めるなどの奇行を見せる。

 アーチャリーは、次のように回想した。

「複数の精神科医に鑑定をしていただいたんですけども、父は重度の『昏迷』状態にあり、心神喪失であると、皆さんは判断されました。昏迷な状態というのはよくわからないんですけれども、心身ともに、自己表現ができる内部刺激が感応しない状態というふうに言われています。私がいきなり『お父さん、わかる?』と大きな声で叫んでも反応しません。そういう父の姿を見るのがつらくて、毎日面会に行くことはできませんでした」
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コメント

コメント(9)
No title
青木理さんも違法じゃなかったかと言ってました。

ゆまりん

2018/07/06 11:31 URL 編集返信
No title
7人の死刑執行はリアルタイムで報道され、フジテレビは1人執行される度、スタジオにある顔写真にシールを貼るという演出をしていたそうです。
「公開処刑」を見世物にする人権後進国の中国に日本が似てきたことを、嫌中派のネトウヨはどう思っているのでしょうかね。

k-k-kentaro

2018/07/06 20:01 URL 編集返信
No title
> ゆまりんさん

こういう当たり前の指摘を大衆への忖度で言いづらい空気が支配するなか、TVで普通に言える人は貴重だと思います。

Jinne Lou

2018/07/07 01:22 URL 編集返信
No title
> k-k-kentaroさん

そんなことやってたんですか。前近代の精神性です。本当に公開処刑をやっていたら、どの局も競って生中継するんでしょう。見せしめや賭博が公認の娯楽として復権しつつあるこの国は、知的に退化しつつあると思いますね。

Jinne Lou

2018/07/07 01:30 URL 編集返信
No title
まず松本智津夫被告と言っている時点でこの裁判は最初から成立してなかったと思います。松本智津夫の時代に犯した罪は偽薬を販売したことだけです。ほとんど目の見えない松本智津夫がオウム事件を起こすにはサリンを作り、ばらまき、事件を手助けをする人間が必要です。それは松本智津夫では人は集まらなかったので事件を起こすのは無理のはずです。だから松本智津夫被告はオウム真理教事件は起こしていないのです。というか目が不自由な松本智津夫だけではオウム事件は起こせません。松本智津夫から麻原彰晃と名乗って、オウム真理教を作ったからこそ、目の不自由な松本智津夫では不可能な坂本弁護士一家虐殺、刈谷さん殺害、そしてサリン事件が起きたのです。だから「松本智津夫被告」と裁判している時点でこの裁判は終わっていたのです。

masao

2018/07/27 13:41 URL 編集返信
No title
被告名が「松本智津夫」なのは単にそれが本名だからで、形式上の話です。
麻原を名乗って実行した犯罪を裁くことと、被告としての呼び名が何であるかは関係ないと思います。

Jinne Lou

2018/07/29 05:53 URL 編集返信
No title
オウム裁判で「松本智津夫被告」と裁判されたのは
【①法律で本名で裁判をするように定められている】【②一般国民から”麻原彰晃”とTVで連呼されるの耐えられないから止めてくれ」という抗議があった】という理由だったと思います。②に関しては法律で麻原と言っても良かった場合は耐えれない人はチャンネルを変えて聞かないようにするかない、など自己防衛をするしかありませんが、①の法律に関しては、法律というものが時代と共に合わないものは変えていかなくては意味をなさない、また事件性と合わないときは変えようと思えば変えられるものなので、オウム事件では法律を変えて「麻原彰晃被告」として裁判するべきでした。

masao

2018/07/29 13:59 URL 編集返信
No title
法律を変える理由は、オウム事件が起こした地下鉄サリン事件がその後、イラクのフセインによるクルド人へのサリン攻撃疑惑、近年ではシリアのアサドによる反政府勢力での毒ガスミサイル攻撃など、(米国トランプがそれを理由にミサイルを攻撃し、それが北朝鮮との緊張をもたらす原因となった)など、世界的に特に戦争への新たな悪への扉を開いてしまった悪影響を考えると、法律を改正するに値する世界的な大事件だったからです。それを解明するためには麻原被告として裁判するべきでした。それをしなかったのは政治家の中で僕に様に考える政治家がいなく、全て、Jinne Louさんのように「形式上で関係ない」と考えていた政治家しかいなかったからだと思います。繰り返しますが、「松本智津夫」は教祖ではありません。「松本智津夫」は宗教は作ってはいません。従って「松本智津夫」は教祖ではなく宗教を作っていないのでオウム事件は起きませんでした。だから「松本智津夫被告」で裁判をしたのは間違っています。

masao

2018/07/29 13:59 URL 編集返信
No title
松本智津夫と麻原彰晃は同一人物なので、どちらの名前で裁くかは形式的な事柄にすぎません。被告がどの人物であるかを特定できさえすれば、呼び名は「被告A」だろうが「2456407番」だろうが、何でも構わないと思います。

Jinne Lou

2018/07/30 00:22 URL 編集返信
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