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死刑制度と歴史的必然

戦後最大規模の死刑執行、世界に衝撃 非人道的と批判も

今回の死刑執行を伝えた米CNNは、日本の死刑執行室の写真をウェブに掲載。「日本では弁護士や死刑囚の家族に知らせないまま、秘密裏に死刑が執行される」と指摘した。またロイター通信は、「主要7カ国(G7)で死刑制度があるのは日本と米国の2カ国だけだ」と指摘。日本政府の15年の調査で、国民の80・3%が死刑を容認していると示す一方で、日弁連が20年までの死刑廃止を提言していることも報じた。

7/7(土)  朝日新聞DIGITAL


今では考えられない強制不妊手術も、この国ではほんの数十年前まで、大衆や専門家の支持と政府公認のもとで普通に行われていた。
「人権侵害」「人道に反する」といった批判は、ごく少数派にとどまった。

国際的な批判にもかかわらず国民の8割が支持し、それを根拠に政府が頑なに存置の姿勢を崩さない死刑制度についても、数十年後には「ほんの数十年前まで日本でも死刑が行われていたなんて、信じられない」となると思う。
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コメント

コメント(20)
No title
> Jinne Louさん (続きです)

一方で、「胡散臭さ」は、一寸説明が長くなりそうですな。

(1) 「死刑に犯罪抑止効果が無いというのは犯罪心理学上の定説」や、「死刑に犯罪抑止効が在るという主張に科学的根拠はない」と言う主張(これは、国連の報告だそうですな)が余りにも私の常識や感覚と乖離していること。

(2) 弊ブログでも「死刑制度廃止論とは脱原発と見つけたり」で記事にした通り、「アムネスティの“死刑制度のない世界は近づいた”という主張を具に見ると、”死刑制度廃止の動きの停滞”でしかない、から。」左様な詭弁を弄する者は「胡散臭い」でしょう。

(3) 数多の死刑廃止論者は「死刑廃止しても日本の治安は変わらない=日本は悪くならない」ぐらいしか言っておらず、「死刑廃止で日本がこう良くなる」という論拠・理由が殆ど無い。辛うじて日弁連が「国家権力の弱化」を挙げている程度。「国家権力の弱化」を「無条件で良いこと」などと考えない私としては、斯様な状況は「死刑廃止そのものが”良いこと”とされている。」即ち「死刑制度廃止論の自己目的化」としか思われない、

ZERO

2018/08/25 12:28 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん(つづきです)


以上の「胡散臭さ」と先述の「格好良さ」の組み合わせは、ファッションのような、或いはかつて共産主義が体現していたような、「一時的な多数派/多数派になるという予想/期待」を思わせるから「流行」と表現しています。

さらに付け加えるならば、我が国以外の全ての国が死刑を廃止するに至ったとしても、我が国の死刑制度の存否に対し左様な状況は間接的な影響しか与えるべきではありますまい。我が国の法制度は、我が国が決めるモノです。

処で、貴方が「死刑制度廃止は歴史的必然」と断ぜられるのは、先述のURLに書かれているのですかな?

ZERO

2018/08/25 12:30 URL 編集返信
No title
>切腹刑は死刑制度の一環でしかないから

じゃあ同様に、斬首刑も鋸引き刑も火炙り刑も石打ち刑も死刑制度の一環でしかありませんね。死刑存置の理由として罪への応報を主張するなら、犯情や被害者感情に応じたこれら残虐刑の復活ないしは新設も訴えてはいかがでしょうか。そうでなければ筋が通りません。現代の日本で考えられますか?国民感情としてあり得ないことです。

なぜあり得ないかと言えば、身体を物理的に破壊したり苦痛を与えたりする刑罰や拷問を野蛮なものとして否定する世界的な趨勢に、近代以降の日本も一貫して不可逆的に従ってきた歴史的事実があるからです(それ以前には、9世紀の嵯峨天皇の時代から340年くらい死刑がなかった期間もある先駆的な死刑廃止国でもありますが)。その延長線上には必然的に死刑廃止があるというのが私の考えです。そのことを上記で紹介した記事の中では何度も説明しているので、ここではこれ以上詳述しません。

Jinne Lou

2018/08/27 04:16 URL 編集返信
No title
「流行」とする根拠については、失礼ながら読んでいて退屈でした。

長い文章のわりには「格好良さ」とか「胡散臭さ」とか「私の常識や感覚」とか主観の域を出ない話ばかりで、事実に基づいた客観的・論理的な説明になっているとは思えません。簡単に言えば「自分が流行だと感じたから流行なんだ」という理屈ですよね。

それ以前に、死刑廃止を訴える理由が「格好良さ」だなどと言ってしまえる軽率さに議論する気が失せますが。

Jinne Lou

2018/08/27 04:16 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん
「死刑の本質」ってのは、何でしょうね?

私は「死刑の本質」は「刑罰としての死の強制」だと思っています。あくまでも「死の強制」が本質ですから、必ずしも「残酷な死」である必要は無い。現行の法律も、判例も「死刑」を指定するだけで「死に方」まで規定していますまい。「刑罰としての死の強制」でさえ在れば、被害者・関係者の応報/復讐感情も相応に満たされるでしょう。
従って「死刑擁護論者が”残酷な死刑”を要求しなければならない」道理は、無いと考えます。

残酷な死刑にも、残酷な死刑なりの存在意義はありそうですが、現在の日本の法制が定めるのは、「死刑」であって、「死に方」ではない。

「流行」について言うならば、「論理を持って”流行”と断じる」なんて事が、出来るのですかな。かつて共産主義は「科学的」と称され「歴史的必然」とも公言されましたが、今となっては「流行」と断ぜられるのではありませんか?左様に断ぜられるのは「共産主義が(ある程度)廃れたから」ではありませんかな。

ZERO

2018/09/01 11:05 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん(続きです)
であるならば、「”死刑制度廃止は流行だ”と断じるのは、主観的だ。」と言われるのは、「死刑制度廃止が廃れる」までは、当たり前かと。
論理的というならば、「かつて我が国では死刑が執行されず、今の日本では死刑制度があって死刑執行されている。」という事実は、「死刑制度廃止は歴史的必然」って主張に対する「立派な反証」ではありませんかな。我が国は、「死刑を復活させた」のですから。

「かつて我が日本では死刑が執行されなかった」ってのは、確か井沢元彦氏も指摘されていましたが、その「死刑が執行されなかった頃の日本」が「死刑制度があり、執行される今の日本」よりも「良い」なんて全く思えませんな。まあ、この二つは大部時代も離れていて「死刑制度の有無」だけが差違では無いですが。

逆にお尋ねしますが、今の日本が死刑制度を廃すると、何が「良い」のですかな?

「歴史的必然」は「必ずしも良いこと」ではなさそうですし、既に我が国は一度その「歴史的必然」を回避している。

ZERO

2018/09/01 11:07 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん

「法律・刑罰に対する思想の発展・進歩」は、思想家や法律家の自己満足以上に「良いこと」はなさそうですが。

「刑罰の主たる目的」は「治安と社会秩序を維持すること」でしょう。我が国はそれにある程度成功している、と考えますが、「死刑制度を廃止する」事で「より治安と社会秩序が高まる」なんて、想像すらし難い。それとも左様な効果が死刑廃止に「ある」という理屈でも、あるのですかな。

ZERO

2018/09/01 11:08 URL 編集返信
No title
前近代の残虐刑や現代の死刑を含む刑罰の本質は、犯罪への応報として身体を物理的に痛めつけたり破壊したりすることです。これらを野蛮な制度として残虐刑を廃止してきた歴史に鑑みれば、次の段階としてあらゆる死刑を廃止しなければ筋が通りません。

>今の日本が死刑制度を廃すると、何が「良い」のですかな?

繰り返しになりますが、「どんな失態を犯しても切腹を命じられない」世の中が現状よりも「良い」とは思わない人が、近代以前にはたくさんいたんじゃないでしょうか。
そういう人が「切腹を廃すると、何が『良い』のですかな?」と問うている様を思い浮かべてください。
あるいは「姦淫をした者への石打ち刑を廃すると、何が『良い』のですかな?」と問うイスラム圏の人を想像してください。それがあなたです。

井沢元彦みたいな歴史の素人の本だけでなく、フーコー『監獄の誕生』あたりを読まれることをお薦めします。

Jinne Lou

2018/09/02 06:26 URL 編集返信
No title
はぁてな。ならば、「残虐刑の廃止」を「歴史的必然」と主張する貴方の主張は,究極的に「刑罰の廃止」を訴えなければ、筋が通らない。

「刑罰の廃止」を訴えれば、筋は通ろうが,それで「治安が維持できる」なんて考えているのは,もはや狂気のレベルでしょう。

先述の通り「残虐刑」なんてのは、些事であり、「刑罰の主たる目的」は「治安と社会秩序を維持すること」。その主たる目的に「死刑廃止」は、阻害要因ではあり得ても、資するとは考えられない。

井沢元彦を「歴史素人」呼ばわりしたところで,我が国が「死刑制度を復活」させ、貴方の言う「歴史的必然」に反していることは,貴方自身が認めているところではありませんか。

ZERO

2018/09/04 10:12 URL 編集返信
No title
>「残虐刑の廃止」を「歴史的必然」と主張する貴方の主張は,究極的に「刑罰の廃止」を訴えなければ、筋が通らない

えーと、「前近代の残虐刑や現代の死刑を含む刑罰の本質は、犯罪への応報として身体を物理的に痛めつけたり破壊したりすること」と明記しているんですが、ちゃんと読んでいただけたのでしょうか。

これら身体的刑罰は、上記の点において懲役刑や禁固刑や罰金刑なんかとは本質的に異なるので、〈究極的に「刑罰の廃止」を訴えなければ、筋が通らない〉なんてことにはなりません。そこまで説明せねば分かりませんかね。

国家による刑罰が、身体的なものから精神的あるいは経済的なものへと変化してきた歴史的事実は、フーコーも指摘している通りです。

また地球温暖化の過程でも冷夏の年があるのと同様、歴史は常に直線的に進むものではありません。歴史全体の趨勢を見れば、身体的刑罰の廃止に向かっていることは明らかです。日本で一時廃止された死刑制度が一時的に復活したことだけを根拠に、全体を否定することはできません。

Jinne Lou

2018/09/05 00:33 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん

まずは、ご丁寧な説明、回答ありがとうございます。だいぶ論点が整理されたように思います。

「刑罰の主たる目的は、治安と社会秩序を維持すること」と言う当方主張が認められたモノと想定して,次なる論点は「その主たる目的を達する刑罰として、経済的刑罰、早い話罰金で十分か?」と言うことになりそうですな。

「十分な、訳がない。」と断定しましょう。罰金が払えるのは金持ちだけ。労働系で払える「罰金」は賃金分だけ。逆に金持ちは,「罰金を払える限り、無法状態」と言うことになる。これで「治安と社会秩序を維持」出来る、訳がない。

「治安と社会秩序を維持するための刑罰として、経済的刑罰では不十分」であり、「死も、刑罰としてあって当然。」と主張します。

諄いようだが、重ねて問いましょう。「我が国、日本が死刑制度を廃止するメリットは、何ですか?」

「時代の先取り」なんてのは、「新しい」ってだけ。第一、我が国では「死刑廃止」は、「新しく」さえありませんね.

ZERO

2018/09/08 13:25 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん

序でながら、「歴史の流れは直線的でなく,揺れ動く」と認められるならば,貴方の言う「歴史的必然」ってのは、随分と看板倒れではありませんか。

まあ、現実的、ですけどね。

ZERO

2018/09/08 13:27 URL 編集返信
No title
治安と社会秩序維持のために〈「死も、刑罰としてあって当然。」と主張〉するのであれば、治安と社会秩序維持のために「切腹や石打刑のような残虐刑も、刑罰としてあって当然」とする主張も当然成り立ちますが、あなたはそれを認めたくないようですね。

「同じ死刑なら残虐でなくても構わない」という言い分はごまかしです。治安や社会秩序の維持がすべてに優先するのであれば、苦しみの少ない死刑よりも犯罪者に恐怖を与えうる、そして被害者や遺族の報復感情に沿う残虐刑のほうが合理的です。
それにもかかわらず残虐刑が廃止されてきたのは、そしてあなたが死刑存置を訴える一方で残虐刑の導入を主張しないのは、近代国家の制度としてそれらを行うことが人間の、そしてあなたの倫理観に合わないからです。

同様に死刑についても「廃止すると何が良いのか?」ではなく(冤罪による死刑の回避など現実的なメリットは当然あるが)、本質的には制度を存置すること自体が人間にとって倫理的に許容できなくなってきたから廃止に向かっているのであり、純粋に価値観の問題です。

Jinne Lou

2018/09/12 01:43 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん

価値観だの倫理的許容だのとご立派な言葉が並びますが,要は「冤罪による死刑の回避」ぐらいしか「メリットを示せない」と言うことでしょう。

「死刑容認派は残虐刑を肯定しなければならない」ってのもずいぶんな詭弁です。死というペナルティが十分であると考えれば残虐である必要は無い。先に指摘した通り、我が国の現在の死刑制度は「死に方」まで指定していますまい。

冤罪なんて「あってはならない」モノの、人が神でない以上は絶対にあるモノ。死刑廃止で「冤罪による死刑」がなくなったところで「冤罪による終身刑」がなくなる訳ではない。だと言うのに,「冤罪による死刑が無くなる」が「明白なメリット」ですか?詭弁ですな。

「純粋に価値観」とまで断言されるのは、「死刑廃止の法が倫理的」という信条ないし信仰の発露です。それを私は「格好付け」と呼ぶのです。

さらには、その「倫理的に優れた」究極が「経済的刑罰のみの社会」なのですから、これはもう信仰であって、信条ではない。

左様な信仰を貴方が抱くのは勝手ですが,その信仰を日本の法制に押しつけるのは、勘弁し

ZERO

2018/09/15 11:44 URL 編集返信
No title
そういうあなたは死刑存置のメリットについて、自らの価値観や倫理観、信仰以上のものを示せてはいますまい。

たとえば死刑が「治安と社会秩序を維持すること」につながるというのは、どういう根拠からでしょうか。死刑を廃止した国で、凶悪犯罪が増えたり治安や社会秩序が悪化したりといったデータは存在しないのですな。

また殺人犯を死刑にすることで被害者が生き返るのであれば死刑制度は是非とも必要でしょうが、無論そんなわけはありますまい。

結局、「死刑を存置するほうがいい」とする根拠も、単なる価値観や倫理観以上のものではないのですな。

また冤罪による死刑と終身刑その他の刑罰は、冤罪判明後に回復措置が可能かどうかという点で本質的に異なりますが、私の死刑廃止論にとってそれは主要なテーマではありませんので詳述はしますまい。

身体的刑罰に関する倫理観が歴史的に変遷してきている事実から、いずれ日本でも死刑は廃止に向かうであろうとの観測が「信仰を日本の法制に押しつける」ことになるのであれば、個人的な倫理観でそれを否定することも「信仰を世界の趨勢に押し付ける」ことになるのではありませんかな。

Jinne Lou

2018/09/16 06:45 URL 編集返信
No title
> Jinne Lou様、誤解あるかも知れないので改めて明記します。

当方は、貴方が死刑廃止論を唱える事自体に異を唱える心算は毛頭ありません。当方が貴方の死刑廃止論を否定し、死刑擁護論を唱えるのは、「我が国の死刑制度を擁護し、その存続を主張」しているのであって、貴方がその「観測」を表明することに異を唱えるモノではありません。

また、貴方が「観測を表明する」のみであるならば、「貴方の思想に我が国の法制をつきあわせるな」とした非難を撤回致します。

彼我の相違を少し整理してみましょう。

J① 貴方は、貴方の価値観に従い「日本もやがては死刑制度を廃止するだろう」と「観測」している。

J② 貴方の価値観は「肉体的刑罰から経済的刑罰へ」を「歴史的必然」と考えており、「死刑制度廃止」もその一過程である。(相違あれば、御指摘下さい」

ZERO

2018/09/19 20:44 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん(続きです)
Z① 当方は、「刑罰の目的は治安の維持と社会安定にある」と考え、「そのために、死をペナルティとする死刑は、あって当然」と考える。故に我が国現存の死刑制度を肯定する。
序でなので残虐刑について言えば「現行の日本に於いて必要なく、日本の死刑制度も残虐刑を規定していない」とは主張しますが、「時と場合によっては治安維持と社会安定のために残虐刑が必要となる社会もあり得るし、そんな社会では残虐刑が”復活”して然るべき」とも考えています。

Z② 左様な次第で当方は、「治安の維持と社会安定」の為に「経済的刑罰で十分」などという社会は想像を絶し、「そんな社会は想像しうる未来に渡って実現しない」と考えている。

さて、その上で、我が国に於ける死刑擁護論並びに死刑廃止論の「在り方」を考えるならば、
① 我が国には現在死刑制度があり,死刑制度として機能している。

② 我が国の治安は一定程度に保たれ,社会も安定している。

ZERO

2018/09/19 20:46 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん(続きです)
③ 上記①,②の現状認識に従えば,私はじめとする死刑擁護論は,現状を肯定すれば事足りるし,そこに思想だの信条だのが介在する必要は無い。

我が国の世論調査結果で常に死刑肯定論が圧勝するのは,恐らくはこの③,とその背景である①,②と言う現状認識が、理由でしょうな。

④ これに対し,貴方はじめとする死刑廃止論者が死刑廃止を訴えるには、

<1>「死刑廃止には、思想信仰上のモノではない具体的なメリットがある」と示す

<2> 上記②の認識は誤りであり,我が国の現状の不備欠点を示し,その解消は死刑制度廃止に依ることを示す。

のいずれかが必要と考えます。そのいずれも、貴方は為れていないようですが。それでは死刑擁護の世論は覆りますまい。

ZERO

2018/09/19 20:47 URL 編集返信
No title
> Jinne Louさん(こいつで〆)
「死刑を廃止した国で、凶悪犯罪が増えたり治安や社会秩序が悪化したりといったデータは存在しない」ですか?それが事実なら,国連は「死刑に犯罪抑止効果があるという科学的根拠はない」なんてふやけた言い方はしますまい。第一、所詮は我が国とは違う国の,違う時代の「データ」でしかない。一般論化するのも,我が国に適用するのも,危険ですな。

ZERO

2018/09/19 20:48 URL 編集返信
No title
繰り返しますが、死刑が「治安と社会秩序を維持すること」につながるとする根拠は何ですか。

「死刑制度がある」と「社会が安定している」という2つの事実が、因果関係にあると考える根拠をまず示すべきです。

死刑廃止国で、社会が不安定になった事実があるのですか。あるいは、日本に限っては死刑廃止によってそれらが悪化すると考える根拠があるのですか。

どんな刑罰も、殺人という最大の罪悪の前には不十分です。なぜなら、それによって被害者が生き返ることはないからです。

一方で、国家の制度として身体的刑罰を行うことが反人道的であるという感覚は、世界的に常識になりつつあります。たとえば日本でも、打ち首や切腹を復活しようなどという議論を国会で審議することはあり得ません。
また最大の死刑大国である中国でも、1世紀ほど前まで行われていた凌遅刑のような刑罰はなくなりました。

そうであれば、当然の帰結として死刑も廃止しなければ整合性が保てません。

事実による論証ではなく、対立する価値観をぶつけ合うだけの議論は不毛です。冒頭の質問に明確に答えられないのなら、この議論は終わりにします。

Jinne Lou

2018/09/26 02:33 URL 編集返信
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Jinne Lou

Author:Jinne Lou
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