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【再掲】「あのう…これは一体、何十年前の話ですか?」

「あのう…これは一体、何十年前の話ですか?」
「えっ、今の話ですけど…」
「今?本当に?」
「ええ、今、本当に日本で起きていることなんです」
マイクさんは困っているようでした。そして、慎重に言葉を選んでこう言いました。
「私は確かに、あなたの書きたいことなら何でもいいと言いました。ただ…もうちょっと普遍的なことが書けないでしょうか?」
「これ、普遍的じゃないですか?」
「はい、少なくともロンドンの観客にとっては…」
「でもマイクさん、どこの国の話であっても、人間に本当に起こりうることなら、それは普遍的な芝居になるって、そうおっしゃいましたよね?」
「ソーリー! この芝居をロンドン市民に理解させることは不可能です。彼らはきっとこう言うでしょう。この芝居は変だ。もし学校でこんなことがあったなら、全国の先生たちがストライキをして、国中が大騒ぎになるはずだ。なのに、この芝居じゃ全然そうなってない…と」

http://www.biwako-hall.or.jp/j/calendar/theater/051120.html

数年前から東京都で起こっている「日の丸・君が代」の強制問題を扱った、『歌わせたい男たち』という芝居。冒頭のやりとりはそのロンドン公演を実現しようとした演出家と、現地の劇場の芸術監督との間で交わされたものです。国歌斉唱時に起立しなかったために教員が処分される、などという事態が現代の自由主義の国家で起こっているなんてこと自体、監督には荒唐無稽な作り話としか思えなかったようです。「この芝居をロンドン市民に理解させることは不可能」とまで言っていますが、それが英国では普通の感覚なのでしょう。しかしこちらの国では、そんな荒唐無稽なことが実際に起こっています。

この問題が顕在化し始めた2004年には、こんな新聞記事も載っていました。
「(略)今回の(君が代不起立教員への)大量処分問題は、欧米、アジアのメディアが東京発のニュースとして競って報じている/英紙の東京特派員は『日本の民主主義は形ばかりだといったよくある切り口の報道ではなく、各国の記者が本当に驚いて書いた』と声を上げる。そのうえで『自分の子どもを日本の公立小学校に入れるのを思いとどまろうかという記者もいる。伊紙の記者は"日本では先生が歌を歌わないと職を失う"という記事を書いて反響があった』と話す(以下略)」04/5/5付『東京新聞』
アムネスティインターナショナル日本も同年6月、都教育委員会の横山教育長が教師に対して生徒への君が代起立斉唱を職務命令で義務付けると発表したことに抗議して「思想、良心、表現の自由の重大な侵害」であるとの声名を発表しています。

彼ら教員に批判的な人からはよく「国旗・国歌に敬意を払うのは国際的な常識」「そんな教員に指導を受ければ、子どもが国際社会で恥をかく」などという主張が聞かれますが、どうやら国際的に恥をかいているのは東京都の野蛮な行為のほうみたいです。

少なくとも私は「天皇の世がいつまでも続きますように」なんていう気持ち悪い歌を、何のわだかまりもなく歌える人の気持ちが理解できませんが、それはまあ置いておきましょう。歌いたい人に対して「そんなヘンな歌は歌うな」なんて言うつもりは毛頭ありません。だから自分や彼ら教員のように歌えない人間のことも、理解できない人たちはほっておいてもらいたいもんです。
だけど世の中には、自分の良心に反してでも歌わねばならないと命令される、ヘンな歌があるんですねぇ。「歌」って、そんなに厭な思いをしてまで歌わねばならないものでしたっけ?

社会に出れば、イヤだけど仕事だからやらねばならないことはたくさんあります。自分も大学を出てすぐに勤めた会社では、1日に200件近くも電話営業をやらされてウンザリしたものです。だけど「電話営業はイヤだからやりたくありません」とは言いませんでした。それが社会人ってもんだと分かっていたからです。
それでも、拒否した仕事はありました。中学の卒業名簿から、都会で一人暮らしをする大学生の親元に電話して「中学の同窓会の名簿を作ってるんですが…」と偽って子どもの連絡先を聞き出す、そんな仕事。これは良心に反するので、業務命令といえども拒否する権利があると考えたからです。(結局、その会社は数週間で辞めましたが)

誤解・曲解している人が多いようですが、「日の丸・君が代」の問題は嗜好ではなく良心の問題です。拒否する人間は、なにもワガママで言っているわけではありません。自分の良心に基づいて、やむにやまれずそうせざるを得ないのです。理解できない人にはとことん理解できないんでしょうが、どうか想像してみていただきたい。豚肉が嫌いな子どもに対して「そんなのはワガママです。好き嫌いせずに食べなさい」と指導することは許されるでしょうが、モスリムの子どもに対して「豚肉を食べないなんてワガママです。食べなさい」と指導することは明らかに非常識です。

先日は都立定時制高校の卒業式で十数人の卒業生の大半が起立せず、焦った都教委は都立高の校長に対して生徒への「適正な指導」を教職員に徹底するよう通達を出しました。
「適正な指導」とは何でしょうか。
良心に反するので歌えない人間に対して「心を改めて歌いなさい」と「指導」するのは、明らかに内心の自由の侵害であり、憲法違反です。
一方、「良心に反してでも歌え」と「指導」することは、自らの良心に反する行動をしろ、というおよそ教育とはかけ離れた理念を叩き込むことです。どちらにしても不合理な事態に陥るしかないジレンマと言えます。

ある都立高の卒業式では、今年は保護者が要望した2階からのビデオ撮影を代表者1人だけに限定してテープを学校に預けさせたとのこと。「外部へ流出する恐れがある」からだそうですが、卒業式の様子を校外の人にも見てもらうことを「流出」などと呼んで恐れる学校って、一体何なんでしょうかね。やっぱり、強制しているのを見られるのが恥ずかしいんでしょうか。生徒が起立せねば、それがたとえ自分自身の良心に基づく行為であっても先生が処分を受ける。これが教育と呼べるとしても、個人の尊重とは最もかけ離れたあり方でしょう。式では、生徒から「これ以上、先生たちをいじめないでほしい」という発言があったらしい。当然ですね。

国旗国歌法案の国会審議時の政府答弁は次のようなものでした。

「法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず、したがって、現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております」「国旗・国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚に関し義務づけなどを行うことは考えておりません」(小渕恵三総理-当時)
「国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけることを目的として行われておるものでございまして、児童生徒の思想、良心を制約しようというものではございません」(野中広務国務大臣-同)

靖国参拝について「心の問題。他国からとやかく言われることではない」と居直る小泉は、この問題についてどう考えるんでしょうかね。それこそ「心の問題」であり、他人からとやかく言われるようなことではないはずですが、東京都は教育によって個人の「心」を変えようとしたいらしい。思い上がりも甚だしい。そんな連中が「国旗や国歌への敬意を」「愛国心の涵養を」などと言っている時点で、私みたいな天邪鬼は「へっ、敬意も『愛国心』も意地でも持つもんか」って思ってしまいますがね。彼らは、自ら「日の丸・君が代」を貶めていることに気づかないようです。

「俺のことを好きになれ」などと迫るような人間は軽蔑されます。
「俺のことを好きになれ」と迫る国家も同じことです。

「人間は国家よりも『大』である」「愛国心の反対は、狂信的な愛国心である」(新渡戸稲造)


写真は、一昨年の猛暑の終戦記念日に靖国神社で見た寒々しい光景。「日の丸」なんてのも、結局はこういう使われ方に行き着くしかない代物なのかもしれません。
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コメント

コメント(9)
No title
一部を修正し、再掲。

Jinne Lou

2007/02/28 20:40 URL 編集返信
No title
以前読みましたね。この写真に噛み付いている女性がいましたなぁー。

tou*uhy**uchi*

2007/02/28 21:37 URL 編集返信
No title
そんなことありましたね。まぁ勝手に掲載するのは褒められたことじゃないだろうけど、それでも掲載する価値があると思うから、最低限の修正を加えて載せてます。

Jinne Lou

2007/03/01 00:50 URL 編集返信
No title
星条旗を見ると心が高揚するアメリカ人は相当いて、ポーチから星条旗を出している保守的な家庭もあります。学校では星条旗に対する誓いをやりますが、それを拒否する権利は、基本的に認められているはずです。イギリスでは、国旗を掲げる家庭なんてのは、ほとんど揶揄の対象になるくらい、ありえないことのようです。知り合いのイギリス人が言ってました。

och**obor*maru

2007/03/03 15:33 URL 編集返信
No title
星条旗に誓うのは建国の理念である「自由と民主主義」なんだから、拒否も認められて当然でしょうね。それにひきかえ日本では、卒業式に日の丸や君が代を無理に持ち込んではみたものの、その中身は何もない。「君が代」を歌うことは強制しても、歌詞の意味を明確に教えることは決してない。民主主義の理念との矛盾を生徒に気づかれたら困りますからね。納得による自覚的・内発的行動を促すよりも、外的な力で行動をパターン化して機械的に覚えさせるのが日本の教育なんでしょう。

Jinne Lou

2007/03/04 02:10 URL 編集返信
No title
インド人作家アルンダティ・ロイ女史はこう述べています。「色のついた布に過ぎない国旗なる代物が、ときの政府によってまず自国の人々の精神をがんじがらめにするのに使われ、つぎに死者を埋葬する儀式の経帷子となる」と。それはともかくも、今イラクの地で翻っている星条旗や、日本人が皇族を出迎えるとき盛んに振りまくっている日の丸って、はたして自国製?案外中国製あたりだったりして・・・・。

バシレイオス2世

2007/03/04 14:03 URL 編集返信
No title
なるほど。ちょっと興味深いですね。どこで作られてるのか、こんど調べてみます。

Jinne Lou

2007/03/04 23:50 URL 編集返信
No title
「愛国心の反対は、狂信的な愛国心である」……いい言葉ですねえ。

ゆまりん

2011/05/23 03:54 URL 編集返信
No title
愛国心を言う人ほど、国益を自ら損ねている非愛国的な人が多いですからね。

Jinne Lou

2011/05/24 00:50 URL 編集返信
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