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【転載】日本は346年間、事実上の死刑廃止国だった

保坂展人のどこどこ日記より転載。

昨日の死刑執行について、各種メディアから取材が相次いでいる。鳩山大臣が、死刑執行のペースをあげて半年間で13人という大量処刑の道をひらいたことが、この国の刑事司法のあり方を大きく変化させたことは、間違いのないことだ。今後、裁判所で確定する死刑囚の数も増加していく。そして、私たちが何もしなければ、裁判員裁判でたった3日間のスピード審理の結果、死刑判決も増えるのではないか。つい先刻終わった取材は、「鳩山法相支持」「鳩山法相ガンバレ」の声がテレビ局にたくさんきたことについてどう考えるかというインタビューだった。私たちのこの国は、21世紀の初頭に世界の趨勢に逆行して「死刑の積極的推進」に舵を切っていいのだろうか。

日本で育った若者がヨーロッパやカナダなどの死刑廃止国に留学して「死刑の存在しない社会」にふれた時、何か戸惑いがあるだろうか。むしろ「日本ではなぜ死刑が存置されていて、日本人の多くが支持しているというのは本当なのか」と聞かれたら、戸惑うのかもしれない。「日本は日本だ。他の国からあれこれ言われたくない」とはねつけるのが日本政府の常套手段だが、それなら国連人権理事国など辞退すればいい。日本政府には、国際社会で「人権」を語る資格は欠如している。たとえば、イスラム諸国が死刑執行を公開して行ったり、日本の絞首刑にもまして残虐な執行方法を選択していることに対して「たしなめる」のが、国際人権の場における日本政府の役割なのだ。「俺は俺だ。文句言うな」という態度なら、理事国などと格好をつけるべきではない。

死刑はなぜあるのか。日本の学校で教育をしているだろうか。「鳩山大臣が法に従って執行しているのが正しい」という声が多いが、それなら死刑制度が存在するのに処刑を10年間停止している韓国は、間違っているのか。死刑制度を廃止した国の多くは、「制度(法)は存在するが、執行は止める」というモラトリアムの時期を長くへてきた。イギリスの死刑もまた、死刑制度が存続しながら、モラトリアムの期間をへて、廃止へと向った。鳩山流に言えば、「正義を実現しない不法な状態」を現在の廃止国はたどってきたことになる。

日本は先進的な死刑廃止国だったということは、もっと知られていいのではないか。最近、衆議院法務委員会調査室が『死刑に関する資料』をまとめた。少し引用してみたい。

「平安時代になってからは、嵯峨天皇の弘仁元(810)年9月11日、藤原仲成が死刑に処せられて後は、少なくとも朝臣(あそみ・最初は皇別の有力な氏に与えられ、平安時代に有力な氏や皇子皇孫に与えられた)について、たとえ死刑の判決が下されても別勅で、遠流に処する慣行が生れた。御白河天皇の保元元(1156)年に、保元の乱後、源為義に死刑を科するまで、26代346年間、平将門や平ら忠常が梟首された特例を除いては、実際上、死刑が執行されることはなかった」

(以下略)

http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/27c56aa0c5044fee3d9d07d43be5d6ee


世界の「先進国」では死刑の廃止・執行停止が主流となりつつあるなか、日本だけが国連の廃止勧告に反発するかのように、ものすごいペースで執行加速に踏み切りつつありますね。その当否は別としても、世界的に見て異様な動きであることは確かでしょう。
存置派には「その国の伝統や死生観の問題で、他国にとやかく言われることではない」といった論調もあるようです。しかし上記記事を読むと、「死をもって償わせること」が日本の伝統であるとすることには、少なくとも議論の余地がありそうです。

宮崎や宅間といった「分かりやすい」死刑囚が確定後1~2年という短期間で相次いで執行されている一方、冤罪を疑う声が根強い名張毒ブドウ酒事件の奥西死刑囚、袴田事件の袴田死刑囚らは、30年前後も拘置されたまま。同じく冤罪説が濃厚だった帝銀事件の平沢貞通氏も、死刑囚としては世界最長となる確定後37年間も拘置され続け、ついには95歳で天寿を全うしました。この明らかな差からも、法相の「粛々と執行」の言葉に反して、なお執行に躊躇せざるを得ないグレーゾーンの確定囚が存在していることが窺われます。

一方で世論を根拠に死刑を存置しながら、世論の評判が非常に悪い裁判員制度の導入に向かう日本の司法。
単純に「鳩山法相ガンバレ」などと言っている人は、単純に法に従って「粛々と」執行できず「分かりやすい」死刑囚から手をつけ始めている恣意性に、もっと敏感になったほうがいい。そして、世界的に見ても、それ自体としても奇妙な、日本の「死刑制度」のあり方についても。
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コメント

コメント(14)
No title
国連人権理事会で先日行なわれた日本政府に対する普遍的定期的審査(UPR)においては13カ国から死刑廃止に関して勧告が出されました。一方日本は死刑廃止を考えていないことをきっぱり宣言しています。
昨年国連総会で世界規模で死刑の執行停止を求める決議が採択されていますが、これに反対の意見を持つ58カ国が今年の2月に「口上書」を国連に提出しました。58カ国の国名は以下のとおり。重大な人権問題を抱える国ぐにが名を連ねておりその中に我が国が含まれていることに冷や汗。
いづれにせよ、政府まかせにしないで我々国民が議論していく必要があると思います。

lotusrayeighty

2008/06/19 22:53 URL 編集返信
No title
アフガニスタン・イスラム共和国、アンティグア・バーブーダ、バハマ国、バーレーン王国、バングラデシュ人民共和国、バルバドス、ボツワナ共和国、ブルネイ・ダルサラーム国、中央アフリカ共和国、中華人民共和国、コモロ連合、朝鮮民主主義人民共和国、ドミニカ国、エジプト・アラブ共和国、赤道ギニア共和国、エリトリア国、エチオピア国、フィジー諸島共和国、グレナダ、ギニア共和国、ガイアナ共和国、インドネシア共和国、

lotusrayeighty

2008/06/19 22:54 URL 編集返信
No title
イラン・イスラム共和国、イラク共和国、ジャマイカ、日本国、ヨルダン・ハシェミット王国、クウェート国、ラオス人民民主共和国、リビア・アラブ・ジャマーヒリーヤ国、マレーシア、モルディブ共和国、モーリタニア・イスラム共和国、モンゴル国、ミャンマー連邦、ナイジェリア連邦共和国、オマーン国、パキスタン・イスラム共和国、パプアニューギニア独立国、カタール国、セントクリストファー・ネーヴィス、セントルシア、セントビンセント及びグレナディーン諸島、サウジアラビア王国、シンガポール共和国、ソロモン諸島、ソマリア民主共和国、スーダン共和国、スリナム共和国、スワジランド王国、シリア・アラブ共和国、タイ王国、トンガ王国、トリニダード・トバゴ共和国、ウガンダ共和国、アラブ首長国連邦、イエメン共和国、ジンバブエ共和国
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=475

lotusrayeighty

2008/06/19 22:54 URL 編集返信
No title
ありがとうございます。やはりイスラム諸国が目立ちますね。“死刑大国”の中国や北朝鮮が含まれているのは、ある意味当然でしょう。
しかし、安倍前首相が「同じ価値観を持つ」と述べていたオーストラリアも、米国すらも名前がない一方で、「価値観が異なる国」の筆頭とみられていた中国や北朝鮮、ミャンマーなどと日本が一緒に名を連ねているのは皮肉です。

Jinne Lou

2008/06/20 00:25 URL 編集返信
No title
ちょっと今たてこんでいて、きちんと説明できないのですがひとことだけ。
刑罰として人間が人間の命を奪うことは生理的に嫌です。
そう言うと、犯罪被害者の遺族の気持ちを考えているのか?と言われますが、犯罪被害者の遺族ですら少数とはいえ死刑を望まない人もいます。
相手を殺して敵討ちすれば事件は終わるのだろうか?
今回の宮崎勤処刑にもそれを強く感じました。
犯人を死刑にしてそれで終わり
それでいいのだろうか?

まけお

2008/06/20 07:57 URL 編集返信
No title
日本の政治家は、靖国に行くとき、日本には「罪を憎んで人を憎まず」という伝統があるとよく言うんですけどね。死刑というのはつまるところ「復讐」「憎しみ」です。世論は、第三者的立場で「殺せ殺せ」と安易に言うけれど、被害者遺族は、犯人の死を願うとは言いながらも、身内の命を奪われた立場であるがゆえに、死刑については、第三者にはわからない複雑な心情を持っているはずで、犯人が死んでも、彼らの心は死ぬまで晴れることはないと私は思います。死刑=正義という短絡的な図式から、まずは出る必要があるでしょう。私は、被害者遺族の意見陳述が始まれば、数は少なくても、犯人の死刑を望まないという人が出てくる可能性があると思っています。

och**obor*maru

2008/06/20 22:15 URL 編集返信
No title
尚、日本は国際司法裁判所に名を連ねています。国際司法裁判所で戦争犯罪人を裁く場合、国連決議に従い、死刑はありません。日本が、それに加わっているということは、ある意味、死刑反対の国際的潮流に乗ったとも言えます。イスラム諸国が国際司法裁判所に否定的なのは、死刑制度の問題があるからです。死刑制度については、「冤罪」などの、実定法的な反対論を超えて、犯罪と社会の関係を明らかにし、世論に訴える必要があると考えています。現代の無差別殺人など、犯人は、成績優秀だったり、仕事は真面目だったり、公の場面では大概道徳的に振舞っている場合が多いですから、「厳罰化!」、ましてや「殺せ!」と声を荒げるだけでは、まずダメでしょう。

och**obor*maru

2008/06/20 22:23 URL 編集返信
No title
>まけおさん

被害者となんら関係のない人が「被害者の遺族の気持ちになれ」と言うことがありますが、想像を絶する体験をした人に安易に感情移入したつもりの第三者の善人気どりほど厄介なものはありません。「被害者の気持ち」が錦の御旗なら、それ以外のさまざまな要素について緻密な検討を重ねた上での量刑判断など不要でしょう。「殺した者は殺せ」という分かりやすい論に流れる世相を危惧します。

Jinne Lou

2008/06/21 02:52 URL 編集返信
No title
>NANAMIさん

難しい問題で安易に結論は出せませんが、仮に遺族の心が晴れれば良いのなら、犯人に残虐な拷問を行うことで心が晴れるという遺族もいるだろうし、肉体を廃人同然に痛めつけて一生苦しめたいと思う遺族もいるかもしれません。しかしそういった刑罰を導入せよといった議論は聞いたことがないので、おそらく人々が無意識の前提としている近代的な価値観が許さないのでしょう。であるならば、どうして究極の肉体破壊である「殺す」ことだけは許されるのか?という根本的な疑問がある。世界的な死刑廃止の流れも、その感覚を自然に敷衍した延長線上にあると考えます。

Jinne Lou

2008/06/21 03:07 URL 編集返信
No title
「八つ裂きにしろ」とか、「釜茹でにしろ」とか言う意見がないわけではないですし、ネットあたりでは結構多いですが、本気でそれをやれと思っている人は少ないでしょうね。中世ヨーロッパでは、罪人は広場で八つ裂きにされたり、焚刑にされたりする。もちろん、これは権力者の権力誇示という側面と、見せしめという側面と、霊魂の永遠性の問題がある。近代市民社会における刑罰の重点は「監視」と「矯正」でして、執行は密室化し不可視になる。フーコーによれば、学校、病院、刑務所は同根なのだそうです。アメリカの薬物注射による死刑は医学との関連を想起させますし、ナチスと医学やガス室の間には密接な関係があると思います。近代社会の死刑制度は、血生臭くない代わりに、非常に不気味なものになりつつあると私は思います。

och**obor*maru

2008/06/21 12:11 URL 編集返信
No title
これは、研究不足なので自信はありませんが、日本の民間信仰だか仏教だかには、恨みが人を鬼にするというような考えがあるんじゃないでしょうか。又は、生者の恨みが、死者の魂を鬼に変えるとでもいいましょうか。生者が恨みを引き摺っていると、死者の魂はいつまでも供養されない。もちろん、キリスト教の文脈でも、似たようなものはあると思いますが。オウムに殺された坂本都子さんのご尊父が「あの子の顔が笑っていない。復讐の鬼となった私をどう思うのか。だが、犯人が生きているのはどうしても許せない」と言ったような事を自著で述べておられます。人は法や規則だけで生きているものではないですから、この部分は今後時間をかけて検討したいと思っています。GENDAIさんは、キリスト者として、この件を考えておられると思いますが。妻の家系は、代々真宗大谷派なので、機会があれば、僧侶に聞いてみたいと思います。

och**obor*maru

2008/06/21 13:10 URL 編集返信
No title
秋葉原無差別殺傷事件で世論が沸騰したタイミングを待っていたかのような宮崎勤の死刑。死刑が「凶悪犯罪」を減らせると思っているのでしょうか、ホンキで。ニュースにならない凶悪犯罪はたくさん起こっているし、その犯罪につながるような鎖もあるのですよ。それをどう断ち切っていくかという方向になぜ思考が進まないのでしょうか。

sta*sto*y60

2008/06/21 19:05 URL 編集返信
No title
>NANAMIさん

「恨みを晴らしたい」という私的な感情の問題が、被害者によってたかって感情移入した大勢の第三者の「カタルシスへの欲求」と暗に混同されて、それを「死刑」という社会制度によって実現しようとしているところに齟齬があるような気がします。

Jinne Lou

2008/06/22 03:01 URL 編集返信
No title
>starさん

廃止した諸国では、それによって凶悪犯罪が増えたというデータはないようですね。そうした抑止効果の有無は数値で分かるので比較的検証しやすいですが、やはり最終的には倫理観の対立になるのでしょう。個別の罪への応報に重きを置くのか、「殺す」ことそのものを絶対悪として、殺人への応報手段としても否定するのか、という。

Jinne Lou

2008/06/22 03:09 URL 編集返信
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