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未読書日記13 『理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性』高橋 昌一郎著

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興味深い本です。すっかり読書日記と化したこの書庫「世界の仕組み」ですが、ここでこれまで関心を持って書いてきたような話が、「理性の限界」というキーワードで統一的に語られていきます。
しかも「理性の限界」をテーマとしたシンポジウムという架空の設定のもと、一般の大学生や会社員から数理経済学者、論理学者、科学主義者、哲学史家、国際政治学者、カント主義者、果てはフランス国粋主義者、運動選手、「方法論的虚無主義者」などさまざまな人々が対話を重ねながら人間理性の本質的な限界に迫っていくというもの。これは新機軸だ。同じ現代新書ではこの著者の『ゲーデルの哲学』も面白かったが、いずれも構想から出版まで7~8年かかってるらしい。大した気合いの入れようです。単なる遅筆という可能性もあるが。


アロウの定理ハイゼンベルクの不確定性原理、そしてゲーデルの不完全性定理という、いずれもこのブログで過去に紹介したことがある3つの「不可能性」を軸に語り進められる(とくにアロウの定理とゲーデルの不完全性定理は面白い。詳しくは過去記事を参照)。
従来はそれぞれ社会科学、物理学、数学(厳密には数学基礎論)という異なる分野で別個に語られてきたテーマですが、それらがいずれも「理性の限界」を示しているという点に光が当てられていて目からウロコ。こうして捉え直すと、また新しい視野が開けてきそうですな。

アロウの定理については、00年の米大統領選でのゴタゴタを引き合いに「完全に公平な多数決による意思決定手段はは存在しない」ことを論理的に示してみせる。たしかにあのときの選挙では、選挙人の獲得数ではブッシュがゴアをわずかに上回ったにもかかわらず、得票総数ではゴアのほうが上回っていたという珍現象が発生。後から未集計の票がどっさり出てきたり、“リカウント”を巡って訴訟沙汰に発展したり、あまりのドタバタ喜劇ぶりに大いに笑わせてもらったものです。
しかしこれも、「多数決」という集団的意思決定手段が抱える、本質的な不可能性によるものだったとは。その後の仏大統領選でも、「アロウの定理」が空理空論ではないことをまざまざと見せつけられました。


「理性の限界」の本丸は、やはりゲーデルの不完全性定理にトドメを刺す「知識の限界」。
有名な「抜き打ちテストのパラドクス」というものがある。
大学の講義で、教授が「来週の月~金曜日のうち、いずれかの曜日にテストを行う。諸君らには、当日になるまでテストを行うかどうかは分からないように実施する」と言ったとします。仮に木曜日まで行わなければ、金曜日に行われることが前の晩に分かってしまう。だから金曜日にはできない。じゃあ木曜日ならできるかといえば、金曜日はできないと分かっているのだから、あるとすれば木曜日だと水曜の晩には分かってしまう。同様の理屈で、水曜も火曜も月曜もテストは不可能だと思われる。
ところが金曜になると、教授は「今日テストを行う」と言い出した。「金曜にはできないはずだ」と生徒が抗議すると、教授は「ということは、諸君らは金曜日にはテストはないと思っていたんだろう?ちゃんと抜き打ちテストは成立したじゃないか」。果たして「抜き打ちテスト」は成立するのか?成立すると考える人にとっては木曜の時点で翌日のテスト実施は予期可能だから、成立しない。成立しないと考える人にとっては予期しないことなので、成立してしまう――。こりゃどういうことだ?というパラドクス。
どう解釈するかについては諸説あるものの、論理学者の間でもいまだに明確な解答は定まっていないようです。http://x5.nobody.jp/bin/ll?062899800.gif

あるいは、もっと単純に「この命題が正しいという事実を、あなたは知ることができない」というのはどうか。「知ることができる」と仮定すればこの命題は正しくないことになるが、そうすると「この命題が正しいという事実」を知ることはできなくなってしまうので、仮定に反する。「知ることができない」とすればこの命題は正しいことになるが、そうすると「正しいという事実」を知ることになるので、やはり仮定に反する――。
これは「ゲーデル命題」の一種で、先の抜き打ちテスト問題もこのゲーデル命題を含んでいるために、パラドクスに陥るという説もあるそうです。同様に「数学のシステムではこの命題を証明できない」というゲーデル命題を「ゲーデル数」なるものに変換して、数式として記述することが可能なんですね。その特殊な方法を編み出したのが他ならぬゲーデルで、正しいけれどもそれを含む特定の数学システム内部では証明できない数学的命題が存在することを示してしまったもんだから、すべての数学的真理を証明してやろうという「ヒルベルト・プログラム」に取り組んでいた当時の数学界はひっくり返ってしまった。数学にとどまらず、人間理性一般の限界を示した20世紀の革命的発見と言われています。


これはいろんな分野で応用されて新しい定理がいくつも発見されていて、面白いのが不完全性定理を使って「神の非存在証明」まで導き出してしまったという哲学者パトリック・グリムの話。
要するに、神は全知全能なのだから、当然数学のすべてについても知っているだろう。しかしどんな数学システムも本質的に不完全であり、真偽を証明できない命題を必ず含んでいる。よって、全知全能の存在であるはずの神は存在できないことになる。少なくとも人間の理性で認識できる神は存在しない、ということらしい。突飛なようで、案外妥当な結論だと思いませんか。

人間はこれまで「科学」という手段であらゆる真理を発見してきたけれど、20世紀以降は相対性理論や不確定性原理、不完全性定理、カオス理論など、従来の理性的解釈に反する真理も次々と登場してきました。たとえば重力によって「時空が歪む」という事実、量子は観測されるまでは存在の仕方が決まっていないという事実、あるいは10次元時空や多宇宙理論、クオリアや自我など意識の不思議に関わる問題etc.は、日常的な直感ではほとんど思考不能。しかし人間の理性でとらえようとすると不思議な姿で表れる「世界」の真相も、実は全く単純で当たり前の形をしているのかもしれない。「群盲象を撫でる」という言葉があるけど、人間の持つ「理性の限界」によって、世界のエレガントな実体には永遠に到達できないだけではないか。そんなことを考えさせられました。

ちなみに、生涯を賭けて人間の理性を論理によって突き詰め続けたゲーデルは晩年、精神に変調を来して「食事に毒が盛られている」という妄想に取り憑かれ、ついには餓死するという悲惨な末路を辿ったそうです。
微積分法を発見した偉大な科学者にして哲学者のライプニッツは、自身の結婚後に予想されるあらゆるプラス面とマイナス面を理性的かつ論理的に考え合わせた結果、「結婚はすべきではない」という“合理的”な結論に到達。生涯独身を貫いたらしい。

「狂人とは理性を失った者のことではない。理性以外の全てを失った者だ」と言ったのは誰であったか。案外、人は多分に非理性的であるからこそ、こんな矛盾と不可思議に満ちあふれた世界でのほほんと生きていられるのかもしれません。


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コメント

コメント(8)
No title
この本はとっても気になっていて、昨日も本屋さんで買うかどうかを迷ってました。
この記事が決め手になるか?!

長尾啓生

2008/08/15 07:36 URL 編集返信
No title
私も気になっていたんですよね。新聞の広告でタイトルだけ見て、興味のある内容だと直感しました。高度な内容も含みますが非常に読みやすいので、こういうのが好きな人には文句なしにお薦めですよ。

Jinne Lou

2008/08/16 02:42 URL 編集返信
No title
私は哲学とは無縁ですが、抜き打ちテストの話、おもしろいんですねえ。教授と生徒のやり取りの場面、そのまま赤塚マンガになりそう。読みたくなりました。

gru**y_c*cli*t49

2008/08/16 18:23 URL 編集返信
No title
面白いでしょう。表面上は単純な話に見えるのに、考えるほどに分からなくなるのがこの種のパラドクスです。
日常的な論理の盲点を突くような、面白いパラドクスはいろいろあります。「20文字以内では書き表せない最小の数」は存在するように思えるけど、なぜかこの文章ではすでに18文字で書き表せている(ベリーのパラドクス)、なんてのもお気に入りの一つ。

Jinne Lou

2008/08/17 03:23 URL 編集返信
No title
えっ?? ベリーさんとかは、何人で、元は何語で命題が出されているのですか? それはどういう意味になっているのですか?

gru**y_c*cli*t49

2008/08/17 23:31 URL 編集返信
No title
えーと、ベリーさんの国籍や元の命題の正確な文言は忘れてしまいましたが、これはどんな言語で表現されてもパラドクスとしての本質には関係ありません。言語の種類に合わせて適当に文字数を調節する必要はあると思いますが。
日本語でも20文字にこだわる必要はなくて、命題の文字数を上回れば30文字だろうが40文字だろうが構わないんですが、厳密を期すために「○文字以内の日本語で~」と言うべきかもしれません。

Jinne Lou

2008/08/18 01:23 URL 編集返信
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あっ、だんだんむずかしくなってきた。

gru**y_c*cli*t49

2008/08/18 22:38 URL 編集返信
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そうですか?そう難しく考える必要はありません。

Jinne Lou

2008/08/19 02:20 URL 編集返信
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