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未読書日記25 『次元とはなにか』 矢沢潔ほか著

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いわゆる「とはなにか」本である。「いわゆる」とは言っても、いま自分が考え付いたジャンルなわけだが。気付けば、自分の本棚にはやたらと「~とはなにか」をタイトルに冠する本が多い。
「時間とは何か」「超ひも理論とはなにか」「『複雑ネットワーク』とは何か」「『複雑系』とは何か」「実存主義とは何か」「生命とは何か」「偶然とは何か」(同名書2冊)「音の風景とは何か」「静かさとはなにか」「 『世間』とは何か」…etc. あれこれ興味を持って手を出しても、「なにか」止まりで終わっているということかもしれない。

本書はタイトル通り、次元とは何かについての書物である。
そういえば、次元についての書物はこれまでもたびたび取り上げてきた。
未読書日記7 『Newton』 08年1月号
未読書日記25 『「余剰次元」と逆二乗則の破れ』村田次郎 著
光陰マイナスの如し?
『異次元は存在する』リサ・ランドール+若田光一著
未読書日記9 「四次元主義の哲学」セオドア・サイダー著
自分にとって、門外漢ながら興味深いテーマなんだろう。

例によってまだ途中までしか読んでいないのだが、通常は想像もつかない4次元以上の空間を考えるうえで示唆的な考え方が紹介されていたので、簡単に紹介しておく。

我々は3次元空間(時間も加えれば4次元時空)の住人である。空間的な位置を特定するには縦、横、高さの3要素があれば十分なのであって、それ以外の要素が必要な世界を考えるのは困難だ。

これと同様のことが、2次元平面にもいえる。もし2次元の平面に住んでいる人がいたとしたら、彼には縦と横以外の空間的要素があるなどとは思いもよらないだろう。
2次元人にとって世界は平面ではあるが、彼に見えている視野は1次元の線でしかない。これは少し考えれば分かることだ。3次元空間の側から2次元平面を「見下ろせる」我々とは違って、2次元平面に貼りついた状態で生活している2次元人は、どちらの方向を見ても太さがゼロの線にしか見えない(そもそも3次元方向を認識できないのだから「太さ」という概念があるのか疑問だが、それ以上に「太さのない線が見えるのか?」という疑問も当然ある。が、それはとりあえず置いておく)。とはいえ、平面に生きる彼らは「面積」や「形」という概念は持っているだろう。それらは直接認識できないまでも、思考による理解は可能であるはずだ。

この構図を再び3次元空間に当てはめてみると、やはり同じことが言える。3次元人である我々にとって世界は厚みや奥行きを持つ立体空間であることは理解できるが、我々に見えている視野は2次元の平面でしかない。視覚的には遠近感によって世界は「立体的」に感じられはするが、それは「立体」そのものではないだろう。こちらを向いている人の顔と後頭部が同時に見えたり、着ている服と内臓や骨がいっぺんに見えたりといったように、「立体」そのものを直接認識することは人間の脳には不可能だ(それを無理やり表現したのがピカソのキュビズムと言えなくもない)。だが、4次元の空間から我々の3次元空間を「見下ろして」いる存在があったとしたら、彼には「立体」そのものが見えているに違いない。3次元の世界からは、2次元平面に描かれた平面図形そのものが容易に認識できるのと同じことだ。

理解しがたい4次元以上の空間も、2次元平面と3次元空間の関係を手掛かりにすると、論理的には理解できそうな気がしてくる。


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